2015年10月17日

カルガリー冬季五輪大会

「フライング・ウーマン」の異名をとった伊藤みどりが衝撃でした。

1988年開催のカルガリーオリンピック。

calgary_olympic.jpg

私、出身が雪国の方なので、冬のスポーツも結構関心はあるんです。
あまりアイススケートの盛んな地域ではなかったですが、スキーは小学生からずっと授業でやってました。

カルガリー大会ですが、まあこう言うと失礼ですが、やはり冬季五輪って
どうしても夏季五輪に比べると見劣りするというか、地味な印象はありますよね。

それと、屋外での競技が多いので、自然との戦いっていうイメージもあります。

この大会、あの鳥人マッチ・ニッカネンが三冠を達成したり、
いろいろと見所もあったはずなのですが、私が覚えているのは女子フィギュアスケートのみ(笑)。

というか、あの衝撃がすごすぎて、他が吹っ飛んでしまった感じかもしれません。

当時、フィギュアスケートはまだ規定(コンパルソリー)があって、
日本代表の伊藤みどり選手は、ショート&フリーには期待がかかってましたが
どうしても苦手なコンパルソリーでいつも順位が伸び悩む傾向にあったため、
前評判でも、後の「アルベールビル冬季五輪」時のような金メダル候補には届かない状態でした。

世間(日本以外)の注目はもっぱら、女王カタリナ・ヴィットvsデビ・トーマスの
カルメン対決(でしたっけ?)であり、実際私もその戦いを固唾を飲んで観ていました。

案の定、伊藤みどりはコンパルソリーで10位。
入賞は狙えますが、メダルまではちょっと厳しいか、という位置でした。

しかし、彼女のショートプログラムを見て驚愕。
さらにフリー演技でも度肝を抜かれて、私は完全にノックアウトされました(笑)。

YouTubeなんかでも、当時の演技を見られると思いますので、まだ見たことない方は是非♪


 
posted by エイト at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月01日

「JR発足/国鉄民営化」

JRは、1987年(昭和62年)4月1日発足だそうです。

当時は、私は中学生でした。
国鉄民営化なんて言われても、当時はよく分かってませんでしたし
さほど興味があったわけでもありません(笑)。

私の家から10分程歩くと、電車の操車場があります。

当時、中学校の部活が終わって、
いつも一緒に帰る3人で帰路につくんですが、
学校からの帰路で、私の家が学校に一番近いので、
まず私から抜けていくはずなんです。

が、当時、必ず最初の別れ道で、何故かジャンケンをし、
私が負けると、そこで帰れず(笑)、3人について
行かなければならないルール(?)があったのです。

次に抜ける事になる友達(Aとする)も、
自宅への別れ道の所でジャンケン(笑)。

最終的に、操車場を越えて行くまで
歩かされるはめになるわけです(笑)。
あ、特にいじめとかってわけではなく、
4人それぞれがそのジャンケンごっこを
楽しんでる感じだったんですよ。

結局ジャンケンで私が勝っても、
何だかんだと理由をつけられ、結局は
最後の別れ道までついていく事が多かったのですが(笑)。


話が逸れましたが、そんなわけで、操車場を越える橋を
4人で渡って行くわけですが、その時に、
「JR」という新しいロゴが入った車両があると、
4人してはしゃいでいた想い出があります。

images.jpg

大人になった今、再度見ると、国鉄時代の
「JNR」のロゴの方が好きだったりしますが(笑)。

でも逆に、最近のものは結構「シンプル」デザインが
多かったりしますし、私も今はごてごてしたものより、
シンプルな方が好きなので、そう考えると、
この「JR」ロゴは、なかなか秀逸なのだと思います。

時を同じくして、この中学時代、部活の遠征で、
人生で初めて新幹線に乗車(笑)。

1987年か1988年でしょうか。

1985年に上越新幹線が全線開業したので、2年遅れといった感じですね。

新幹線に乗車と言っても、中学校の部活の遠征ですから
東京(上野)まで行くわけではなく、長岡〜新潟まででした。

それでも部活メンバーみんなではしゃいでいた記憶があります。

「新幹線って、窓開かないの?!?!!」

これがたぶん初めて乗車した時の感想(笑)。


ここ数年、私の想い出の操車場も
きれいに整備され、当時はボロボロで歩道もなく、
通る車にへたしたら轢かれてしまうくらいの、
狭くきったない橋も、大きくゆるやかな橋に架け替えられました。

操車場本体も、昔は草っぱら同然で、
だだっぴろい敷地に、錆びた大きい車両車庫やらが
あったのですが、今はもうその面影もあまりなく、
区画整備によって、きれいな建物が建っています。


あの、中学時代の操車場での想い出。
あれはもう、自分の心の中の風景でしか
想い描く事ができなくなっています。

あの時の、帰り道の操車場を思い出すと、
当時の楽しかった想い出が、
懐かしくもありそして少し切ないような、
鼻の奥がきゅんと痛くなるようなそんな感情が出てきます。

もう歳なんでしょう(笑)。


結局、ろくにJRの話も書かずに、
自分の想い出話がほとんどでしたが、
JR民営化には、私にとっては、そういった想い出が顔を出す、
とても印象深い出来事だったのでした。


国鉄終焉とJRの誕生 昭和六十二年の鉄道旅行(鉄道タイムトラベルシリーズ4)

JR鉄道図鑑 上巻 (イカロス・ムック)

~姿を消した列車から現行の列車まで~JR東日本 特急・急行・快速 駅ホーム自動放送+音片 オリジナル音源集
posted by エイト at 17:17| Comment(0) | 社会・事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月22日

「グリコ・森永事件」

「どくいり きけん たべたら しぬで かい人21面相」

1984〜1985にかけて発生した事件で、
当時、社会を震撼させましたね。

私は小学生でしたが、確か学校で担任から、
不審な商品を絶対に口にしない事、
と言われた記憶があります。

事件の詳細等は、子供でしたので
よく分かってなかったと思いますが、
とにもかくにも、あの「かい人21面相」と
おぼしき人物である、所謂「キツネ目の男」の
似顔絵がすごく恐くて、
夜も眠れなかった時がありました(笑)。

tumblr_l3n96ogCBj1qziwcjo1_500.jpg


小さい頃恐かった似顔絵orモンタージュは、
このキツネ目の男と、所謂「三億円事件」のもの。

20090114185941.jpg

キツネ目の方は、今は特に恐さを感じたりは
しないんですが、三億円の方は、今見ても
何かこう不気味というか、恐いというか
不安な気持ちになるというか。。。


こういう、昭和の事件とかの話題も結構好きで、
大人になってから、いろいろ読んだりしたんですが、
このグリコ・森永事件も謎の多い事件でしたね。



NHKスペシャル 未解決事件 グリコ・森永事件 [DVD]


三億円事件の真犯人
posted by エイト at 14:13| Comment(0) | 社会・事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。